国語部ことばのリレーvol.3 ~「具体的に想像する」という力は、どこに見えるのか 2026.10.22~
国語部ことばのリレー、今週は小野田です。
先日、校内研究の講師として、1年生の文学教材「くじらぐも」の授業を参観する機会がありました。
授業のねらいは「場面の様子に着目して、登場人物の行動を具体的に想像すること」でした。指導案では、最終的に音読発表会を目指しながら、場面の様子や登場人物の行動を想像し、その想像を音読で表現していく単元として構想されていました。
「資質・能力の育成」が重視されるようになり、私たちも、「どのような力を育てるのか」を意識しながら授業を見ることが増えました。しかし、実際に教室で子供たちの姿を見ていると、資質・能力とはテストで測定できるようなものだけではなく、子供のふとした動きや表情の中にも現れているのだと改めて感じます。
今回、特に考えさせられたのは、「具体的に想像する」とはどういうことか、ということでした。
学習指導要領では、低学年の文学的文章の学習として、「場面の様子に着目して、登場人物の行動を具体的に想像すること」が位置付けられています。授業者も、この力を育てるために動作化や音読を取り入れながら学習を構成していました。
本時で扱われていたのは、子供たちとくじらぐもが呼びかけ合う場面です。
授業では、この場面をどのように音読するかを考えながら、子供役とくじら役に分かれて音読していました。
そのとき、印象的な姿がありました。
子供たちは「ここへ おいでよう」と音読するとき、自然に手を前に出しながら、誰かを招くような仕草をしていたのです。
教師が指示したわけではありません。
「手を動かしてごらん」と言ったわけでもありません。
けれども、子供たちは言葉を読みながら、その場面を思い浮かべ、自分の体で表していました。
手を差し出すという行為は、ただ読んでいるだけでは生まれません。「子供たちはくじらを自分たちの近くに呼んでいる」「楽しそうに誘っている」という場面のイメージが心の中にできているからこそ、その動きが現れるのです。
私たちはしばしば、「この子はどこまで読めているか」「何を理解したか」を評価しようとします。しかし、その子が作品世界をどのように経験しているかを見ることもまた、大切なことではないでしょうか。
授業後の協議会でも、この「具体的に想像する」ということについて話題になりました。
私は校内研の講師として参加するときは、あまり私の話を聞く形ではなく、その日の授業を再現し、みんなで学び手になって一緒に考える時間をとるようにしています。
そのときに興味深かったのは、くじらの動く速さが話題になったことでした。
描写からくじらが動いていることは分かります。でも、それはどのぐらいの速さなのでしょう。
ある先生は、「雲だからゆっくりなのではないか」と話しました。別の先生は、「げんきいっぱいすすんでいった、とあるから意外と速いのではないか」と考えました。
さらに面白かったのは、くじらの仕草についての話でした。
授業では、子供たちが「ここへ おいでよう」と手招きをしながら音読していました。それを受けて、「くじらの方も何か動きを返していたのではないか」「しっぽを振ったり、体を揺らしたりしていたのではないか」という想像が生まれました。
考えてみれば、この物語のくじらは非常に人間的です。
体操を真似し、返事をし、応援をし、子供たちを空へ連れて行きます。
そうしたくじらなら、子供たちの呼びかけに応えるようにしっぽを振っていても不思議ではありません。
言葉を手掛かりにしながら、より具体的にお話の世界を立ち上げていくこと、そんな文学を読むことの面白さを感じた時間でした。こうした体験を、低学年のうちにたくさん積み重ねていけると、学年があがったときにも、豊かに文学の世界を味わっていけるように思いました。(小野田)

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